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北山宏光、美形にしか興味がなかった私にナニシタ

美形にしか興味ない私の文章力をアップさせようという目的のブログです。

熱愛報道

shukan.bunshun.jp

 

フィットネスに行った帰り、LINEを覗くと友人から「ソニー損保潰れろ」というコメントともにURLが貼り付けてあった。

ソニー損保が何やらやらかしたのかと思いきや藤ヶ谷さんの熱愛報道。

ガヤさんファンのその友人は「ガヤ様が結婚しても絶対担降りしないって言った私ですら、きつい」とコメントしていた。

 

好きなアイドルの熱愛はなぜこんなにも切ないのだろう。

自分と付き合ってくれるとも結婚してくれるとも思っちゃいないのに*1

 

テレビを通して見ているだけでこれだけ魅力的なのだから、本人に実際会える芸能人の皆様は魅了されるだろうし、売れてるジャニタレならお金もあるだろうからそこを目的に近づく人もいるだろうし、年齢的に彼女ぐらいいるにきまってるんだけど。

 

でもこれを現実のものとして突きつけられたとき、どうしてこんなにも切ない気持ちになるんだろう。 

 

そもそもアイドルが恋愛禁止なんて誰が決めたんだろう。

でも私がこの世に誕生した時にはそれは不文律として世に存在していた。

アイドルは夢を売る仕事だからなんて理由付けをする人もいるかもしれないけど、それはアイドル稼業が十代で終わっていたころの話だと思う。

 

それでもやっぱりアイドルに恋愛が御法度なのは誰が何と言おうともアイドルは性を売り物にしているからなんだろうなあと思う。

異性を対象に商売しているんだから、恋愛なんてファンは聞きたくないんだよね。

 

女性アイドルが恋愛をするとファンに叩かれるのは処女性が重要だからであるっていうのはなんとなく想像が付く。ほかの男の手垢が付いた女に金をかけられるかってね。

 

じゃあ男性アイドルの恋愛が御法度なのはなぜなのか。

本気愛の人もいるから、それは単純に○○くんを取られたくない!って思いからなんだろうけど、今回の記事を受けて周りのガヤ担当は「よりによってあの子なんて!」「柴咲コウぐらいまでいってくれたら何も言わないけど、あいつかよ!」という声が相次いだ。

先日たまたま目を通した本にこの感情の根幹に触れるような興味深いことが書いてあったので参考までに。

 

もちろん時代は変化してきていますが、伝統的に、そしていまだに一般的な傾向として、女性は「男性から選ばれる性です」。 

 

つまり魅力的な男性に選ばれたことへの嫉妬が少なからずあり、それがぐうの音も出ないほど美しい人であったり才能に秀でた人でなければそこへの嫉妬が生まれるのではないかと思う。

私はもともとあの女優さんは綺麗な子だなあと思ってはいたけど、だからと言って私のJの庭を荒らすとなると容認はできない思いに駆られる。

 

ちなみにこういうときに「芸能人は少なくともお前よりはかわいいんだから黙っとけよ。」等と言ってくる男性がいるが、全く見当違いも甚だしいのである。

彼女らは見た目の美しさで飯を食っている。見た目で金を稼げない我々と同じ土俵であるはずがない。瀧本美織が私よりテンキーさばきが速かったら全力で謝りたいところではあるけど。

 

キスマイの素晴らしいところはキスマイBUSAIKU!?という番組で我々に様々な妄想のネタを授けてくれることだ。

「アイドルが彼氏だったら♡」という叶うはずもないくだらない妄想に花を咲かすのが女子ってもので、その楽しさは筆舌に尽くしがたい

ただ一方でこんなことがあると、「ああ、あの子とプライベートでそうやって過ごしてるのね」という最悪な想像のタネになってしまう。

毎週の楽しみが諸刃の剣であったことを初めて知り、絶望を覚えた。

ガヤファンの友達は言った。「瀧本美織に袖クルしているガヤ様を想像してしまう私の気持ちがわかりますか。」と。

明日は我が身かと震えた。

 

そう我々はそんな事実は知りたくないのである。

毎晩毎晩女の子をとっかえひっかえしていようが、高級なお店に通おうがそんなことはどうでもいい。

そんなことを一切匂わせずステージに立ってくれさえすれば満足するのである。

アイドルとファンとの間に契約があるとすれば「いつまでもキラキラの笑顔で私たちを楽しませること。」ということぐらいしか書いてないと思う。

性を売るアイドルだから私生活には気を付けて撮られることがないように頑張るしうっかり撮られでもしたら事務所の人に叱られてしまうんだとも思う。

 

今回の記事に関しては決定的なところが撮られれているわけでもないのに記事にした週刊文春を責めたい。

Facebookを見ていたらとっくの昔に友達関係を切っていたはずの元カレが結婚式を挙げたことが誰かしらの「いいね」によって私のタイムラインに流れてきてしまったときの気持ちがそれに近しいだろうか。もらい事故的な。「幸せなんだね、良かったね。でも別に積極的に知りたいとも思わなかったよ。」みたいな。


仮にあれが本当だとしても、撮られないように、ファンが悲しまないようにと気を遣っていたはずで、それを記事にして本人が知られたくない、我々が知りたくもない事実を明るみにするのはいったい誰が得をするのかと問いたい。

 

あーまとまりがつかない。

 

ちなみに我々はこのやるせない思いを「誰かほかのジャニーズが妊娠中絶させたぐらいのシャレにならないことやらかして、それを隠ぺいするために売られたんだよ。」*2ということにして自己を納得させた。大人になるって素敵。


全くの余談ではあるが、私がこの記事を読もうと立ち寄った本屋ではとても綺麗なお姉さんが貪るように同記事に目を通していた。ああこのきれいなお姉さんも同じ沼の狢なんだなあと思い、沼に足を入れたことを誇らしく思った。

あの美しいお姉さんはどうやって消化したのだろうかということが未だ気になっている。

*1:でももしまかり間違ってワンチャンあったら絶対行くけどね。

*2:これを精神学的にはきっと合理化って呼ぶんだと思う